かなしいこと

新潟への帰郷は、わずか1日だった。

帰郷の理由は、告別式の出席。
おじいちゃんが亡くなった。

知らせを聞いたのは、先週の火曜日の午前中。
しばらく号泣だった。

夕方からのレッスンは、気持ちを切り替えてやったが、
終わっ田ら、また悲しみにくれた。

本当なら、レッスン休んで帰って、お通夜から出席したかったが、次の日社員コーチの代行を
受けていたし、夜は、稽古だったので、その次の日の告別式だけ出ることにした。

夜行列車で帰り、着いたら、港に行き、佐渡に。

長い移動時間の中おじいちゃんとの思い出が頭を巡ると涙が出る。
信じたくなかったし、信じられなかった。


告別式。

やはり涙はこらえられなかった。
号泣だった。俺だけ。
まあ、81歳まで生きることができたのだから、皆よく頑張ったという感じで見ることができるのかもしれない。
でも、俺は、そんな穏やかな気持ちではいられなかった。
最近元気がないと母親が言っていたので、お見舞いに行かないとと思っていた矢先だった。

最後に会ったのは、1年前の夏だと思う。
別れの際、おじいちゃんは、「頑張れよ」と言って、細くなってしまった体からは想像できないような強さで握手をしてくれた。
今となってみれば、おじいちゃんはそれが最後になるかもしれないと思って、思いを込めて
握手してくれたのかもしれない。

そういうことを考えると涙が止まらない。

告別式の最中は、あられが降ったり、雷鳴り続け、激しい雨が降っていた。
俺の心を表すかのような天気だった。

水換え、お焼香の時は、泣き続けたが、1回休憩をはさみ、
35日の法要?というのがあった。
その時のお焼香は、しっかりできた。

勝手な思い込みだろうが、俺が
「81年間の人生は楽しかった?生まれてきて良かった?」
と心の中で、聞いたら、
「楽しかった。創も頑張れよ」
と言っているように感じた。

これから頑張ろうという気持ちになることができた。

お通夜から出席できなかったことが、本当に残念だが、その1日は、これからの俺の人生に
積み重なる大事な日になるはずだ。

もう2度と会えないと思うと今になっても悲しくて仕方ないが、
俺の心の中で生き続けて、励ましてくれるから、前を向いていこう。

お葬式の後、外に出たら快晴だった。

「ありがとう」
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by s0iken0 | 2005-11-27 18:35 | my NEWS
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